シャトー・ペトリュス 1948、1953、1969、1977、1980 イケム

テイスティングアイテム
PETRVS 1948、1953、1969、1977、1980
YQUEM 1933

2016年3月、東京・恵比寿のレストラン「QEDクラブ」にて、ペトリュスと黒トリュフの会が開催され、抜栓とワインサービスを担当してまいりました。

私の思うペトリュス

2010年にポムロールのシャトー・ペトリュスを訪ねた時に、2008年ヴィンテージのペトリュスをテイスティングさせていただきました。
今でも忘れられないその黒い液体は全くワインの体をなしてはおらず、真っ黒なインク、またはタールを舐めているかのような印象でした。
それまでも、ペトリュスは開かない、熟成しないと思っていましたが、最初の段階でここまで強い液体であれば、開く・熟成するにしても相当時間がかかるのだろうなと再認識したものです。

ペトリュスは真っ黒な小さな分子がぎっしりと整然と詰まっているイメージです。
ワインはそもそも液体ですが、炭素原子が強固に結合した”ダイヤモンド”のような屈強さすら連想させます。
この黒くて緻密な液体が時間と共にどこまで”ほぐれているのか”というところが焦点であり、この詰まった感からほぐれた感じの漆黒が黒トリュフと最高の相性を見せるであろうと考えました。

ですから、今回はあえて雨の涼しいヴィンテージを選んでみました。

※ダイヤモンド
実験で確かめられる天然で最も硬い物質。炭素原子が正四面体を基本とする綿密な立体構造を作っており、その結合は非常に強固で、融点が高く、電気を通さない。

このペトリュス達、長年、QEDクラブのセラーの中で寝かせて保管され、数ヶ月前に立てられて出番を待っていました。

PETRVS 1980
「えっ、これペトリュス?ちょっと赤い果実も感じる…」

いくら雨の涼しい年とはいえ、これペトリュス?と思ったのが第一印象でした。
もちろん、黒さが主体でしたが、こんなにも赤い果実を感じ、さらにエレガントだなんてペトリュスで初めての経験。
線は細いながらもしっかりとした果実味とミネラル感に支えられ、ペトリュスには似つかわしくない言葉ですが“エレガント”。ただ、静かではあるものの、品のある余韻が延々と続くところが唯一ペトリュスを感じたところでしょうか。

エレガントなペトリュス、ある意味、最高です。

PETRVS 1977
こちらは80年よりも強さ、溌剌さを感じました。
ブラインドテイスティングであれば間違いなく左岸のトップシャトーと答えたと思います。いわゆるカベルネ的な”青い”ニュアンスにペトリュスとは思えないしっかりとしたわかりやすい酸を感じます。

熟成しないと思っていたペトリュスですが、80年に続き、こちらも大雨のヴィンテージ、いかにペトリュスとはいえ日照が足りないことによる影響は大きいようでした。鋭角な酸がワインを支えており、こちらもペトリュスらしからぬエレガントさが見え隠れ。今飲んでもとても美味しいのですが、あと数年はこの“高貴な左岸”感を楽しめるように思います。
80年と77年、ペトリュスも熟成するということがわかった貴重な経験でした。
よく考えると、80年代前半以前の超オフヴィンテージのペトリュスはこれまで経験がなかったかもと思い至りました。

PETRVS 1969
この1969年のペトリュスからは“らしさ”を存分に感じました。
ボルドーの1969年、雨量が多く、さらに9月の大雨が全てを流してしまった壊滅的とさえいわれているヴィンテージですが、さすがにペトリュス、まだまだ固いんです。

黒くて濃いニュアンスはやや落ち着き、ちょいとお眠りになられているかのような閉じた印象。この愛想のなさ、まだまだギュッと詰まった緻密さがペトリュスだとある意味ホッとしました。
この”僕はまだまだこれからですよ”的な圧倒的なポテンシャル、上記の若い二つのヴィンテージと比べてみても、強さ、硬さで一枚も二枚も上を行きます。

繰り返しますが1969年のボルドーは大雨の年。約50年近く経た超オフヴィンテージにもかかわらず、この硬さ。いや、これがペトリュスなのだと。

PETRVS 1953
漆黒の深淵に吸い込まれるかのような、恐怖すら感じさせる深い闇。流石です。

いや、まだまだ全然若々しく、強く、硬く、飲み手の我々を拒絶するかのような凜とした佇まい。
この圧倒的な黒い緻密さ。職人が黒い粒を一つ一つ綺麗にギッシリと並べたような、寸分の狂いもなく敷き詰めたような、そして、なんとかその端っこの方から少しだけその黒い小さな粒がホロっと、ほぐれたかのような、これぞまさにペトリュス。
深い淵、底は全く見えず。

1953年は50年代を代表するボルドーのビックヴィンテージですが、もう60年を軽く過ぎているというのに、この詰まった若々しい果実味はなんなんでしょう?このワインの飲み頃っていつなんでしょう?

でも、圧倒的に美味しいんです。

PETRVS 1948
この48年だけ液面がボトル肩より少し下がっておりました。ヴィンテージを考えると許容範囲で、下がっているワインが全てダメになっているわけではないのですが、このワインは抜栓時にスクリューを差し込んだ瞬間に嫌な感じがしました。

その予感どおり、コルクはヌルッとしており、液漏れは確認できませんでしたが、すでに“ゆるい”状態でした。結果、古酒としては仕方がことですが、完全なマデリゼ、酸化劣化でした。
それでも、ペトリュスの強さ、品をどこかに残しており、「いや、全然美味しく飲めますよ」という参加者もいらっしゃいました。

YQUEM 1933
キマシタ!今回、ペトリュス以上に個人的に一番の当たりはこのイケムです。

ペトリュスと同様に開かない、熟成しないワインの代名詞だと思っておりますが、この昭和8年のイケム、乾燥したアカシヤの蜂蜜と栗の甘露煮の香り、そして、その対極にあるサイダーのような清涼感を持ち合わせます。さらにさらに、クレームブリュレのようなふんわりとした柔らかい香ばしさがその甘さと清涼感を包み込みます。複雑にして芳醇、それでいて信じられないほどの爽やかさ。ふわっと大きく広がるミネラル感、永遠かと思わせる長い長い余韻。間違いなく大当たり、”開き始めた”イケム。

私は満開のソーテルヌを経験しているので(Ch. Suduiraut 1967年)、これが”開いている”状態とは思いませんが、この緻密な甘い玉がホロっと崩れた様はまさにソーテルヌの極み、それがイケムですから想像を超えました。

緻密に構成された強くて品のある甘みの要素(玉)がゆっくりとゆっくりとほぐれてきているとこと。その影響で本当に少しずつ瓶内に解き放たれてきた芳醇な香りとミネラル感が、抜栓により一気に広がりました。

人生で初めて、熟成を感じた、”極み”に近づいたイケムをいただきました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA