伝説のシャトー・ムートン・ロートシルト1945は「化け物」でした。

伝説といわれるワインがいくつかございます。1947年のシャトー・シュヴァル・ブラン、1945年のロマネ・コンティ…など。

その一つに数えられるシャトー・ムートン・ロートシルトの1945年ヴィンテージは現代においても「化け物」でした。(2015年9月テイスティング)

<終戦の年、1945年のシャトー・ムートン・ロートシルトの記録>
70年という時間を微塵も感じさせないほど若々しく、突き抜けているミネラル感と品のある果実味、そして複雑さは完全に想像を超えておりました。
言うなれば、70歳現役のイチローを見るかのように。化け物…でした。

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2015年9月、東京・恵比寿「QEDクラブ」にて開催されました「伝説のムートン1945の会」のワインサービス・抜栓を担当させていただきました。

私にとってムートン1945は初めての経験でしたが、これまで他の1945年ヴィンテージのボルドー赤に悪いイメージはなかったので、かなり期待しておりました。
あとは状態だけが心配でしたが、この日のムートンは1953年、1945年共に最高のパフォーマンスを見せてくれました。そのテイスティング記録です。

ムートン1981
<順調にブドウが生育し、偉大な年を期待させた収穫前の秋に大雨が降ったちょっと残念なヴィンテージ>

いわゆる慣れ親しんでいる最もポイヤックらしいワインでした。黒いベリー系と雨上がりの森林にいるかのような心地良い香り、熟成による土っぽさがバランス良く綺麗にまとまっていました。

味わいは多少線が細いものの、こなれはじめたタンニンが優しい酸と相まって、年を経た果実味をしっかりと支えております。
個人的にけっこう好みの1981年のイメージ通り、素直に熟成したムートンとして存分に楽しむことができました。

ムートン1973
<世間一般的なイメージ以上には暑い年でしたが、九月の雨が全てを台無しにしました>

かなり線が細く、儚さを感じさせるものの、まだそれなりに感じられる果実味が心地良く、さらにポイヤックらしさ、鉛筆の芯や森の中にいる感じもあり、「ダメだダメだと言われながらもいつもまぁまぁ頑張ってるよね」と思うのがこのムートン1973年です。人間でいえば古希を過ぎたくらいでしょうか。ピークは完全に過ぎているもののまだまだ働こうと思ったら働けますよといったタイミング。
私は過去にこのピカソ・ムートン(1973年)を6、7回テイスティングしているのですが、その中でも良かった部類に入ります。

ムートン1962
<太陽をしっかり浴びた大豊作の年>

古酒特有の焼けてくすんだニュアンスと酸化の香りから、このワインはこれ以上伸びないであろうと思わせる残念な第一印象でした。味わいは酸がぼやけ、果実味は比較的しっかりしているものの味わいもどこかぼんやりしていました。

ある参加者が「熟成したムートンによくある残念なタイプ」とおっしゃっており、その通りだと思いました。
でも古酒の会、一つくらいは外れて問題ありません。古酒とはこのような状態のものも含め楽しむものだからです。

ムートン1953
<順調な春先に素晴らしい天候の夏、九月の雨も収穫時にはカラッと晴れた偉大な年。豊作>

抜栓直後、最も明確に香りを放っていたのはこの1953年でした。一口テイスティングしてこれは爆発するであろうとイメージしましたので、最も空気に触れる面積の広いデキャンターにこのワインを移しました。デキャンタージュしている最中から、溢れんばかりの妖艶な香りがろうそくの炎で揺れて見える液体から放たれ、うっとりしてしまいました。まさに媚薬。デキャンタージュ中に漂う香りとしては、人生で最高だったかもしれません。

溌剌としていながらも品のある艶やかな果実味と舞い上がるミネラル、熟成由来の綺麗に溶け込んだスパイスの風味とのバランスが最高レベル。そして、なんといっても大当たりボルドーに感じる”チェリーコーラの清涼感”。

味わいも明るく解放的でとってもパワフル。そして、長い余韻。熟成感が心地よく見え隠れするものの圧倒的に若々しく、とても60年を超えたワインとは思えず、人間に例えると30代後半から40代前半の働き盛りのスーパーサラリーマンといったところ。
ただ、最初から大解放されていたためか、しばらくしてややトーンダウンしたようです。

まさに今日この場所、この方たちと飲むために造られたといっても過言ではない完璧な状態、タイミングでした。ご参加いただいた方の中にバースデーヴィンテージの方がいらっしゃり、ご自身のヴィンテージとして過去最高のワインだとおっしゃっていただきました。

ムートン1945
私が言葉にすることで陳腐な存在に成り下がってしまうのではと恐怖するほどスゴかったんデス。

驚いたのはこのワインの清涼感です。エキゾチックなチェリーコーラがシュワ―っと!もちろん本当にシュワ―っとはしておりませんが、あのコーラがシュワ―っと向かってくる感じ、まさにそのイメージで迫ってきたんです。突き抜けていました。その清涼感を何層にも重なる綺麗で艶やかな果実味が取り巻いております。

何よりも、古酒的なくすんだ感じ、カビっぽさ、焼けたニュアンスなどが全く一ミリも感じられませんでした。驚愕のワイン、まさに化け物です。
女性に例えると、少女のような初心な一面を見せたかと思えば、妖艶な美熟女に早変わりするような”しおらしさ”と”したたかさ”を持ち合わせているイメージ。
純真さとエロス、軽やかさと重厚感の驚くべき共演。

その後、最後の最後まで完全な状態で、いや、さらにふくよかさとミネラル感を増しつつ伸びていきました。さらに、グラスに注がれて一時間半後に“乾燥したミント”を感じるところまで。

そして、信じられなくらい長い余韻、全く消えませんでした。

もう、生きているうちにこれだけのムートンに、いやこれだけの赤ワインに出会えることは無いであろうと思える素晴らしい夜でした。

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